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  シンガーソングライターの豊田道倫が、『東京の恋人』以来約2年ぶりとなるニューアルバム『しあわせのイメージ』を完成させた。この2年間で、豊田自身が結婚と子息の誕生を経験したことを容易に想像させるアルバムタイトルであるが、当然のように単純な「おめでたアルバム」にはなっていない。ふと思い出した中学時代の女性教師に“ホテルに行きましょう”と呼びかける「このみ先生」をはじめ、これまで以上にアブない歌詞が並び、豊田の持ち味である、暴力的なほど乾いた詩情にはさらに磨きがかかっている。それでいて今作は、Dr.KyOnら一流のミュージシャンをゲストに招き、前作以上にポップかつメロディアスな音づくりを追求した一枚でもあるのだ。容赦のない人間描写と、軽快なサウンドのカップリングを通して豊田が描く「しあわせ」とは一体何だろう? 豊田の作品歴のなかでも特異な魅力をもつ今作について、さまざまな角度から質問した。

Interview & Text by 神谷弘一(blueprint)

――『しあわせのイメージ』というタイトルから、豊田さんが結婚して、さらにお子さんができたことを連想するファンも多いと思います。ただ、子供が生まれて「いやぁかわいいね」というアルバムではないことも確かで、サウンドは軽快ですけど、へヴィな歌詞の多い作品です。
「子供ができたのは大きな変化ではあるけれど、逆にドンドンどす黒くなる部分があるんだよね。ミュージシャンを見ていると、結婚していたり子供がいる人の方が、そういう雰囲気があって。なぜそうなるかは言葉にできないんだけど、前々から子供ができたらどうなるんだろうって興味があったんだよね」
――実際に、子供が生まれてどうでした?
「日々色んな思いがあるからね。『売れない曲ばかり作ってないで、マジメに働かないと』という葛藤もあるし、好きなレコードを買ったり、音楽に対してピュアに向かうことはできなくなってきたかな。生活と時間のバランスも変わるので、気になるレコードをドンドン注文することもなく、ウェブでサンプル音源を聴いて想像を膨らますことが多くなって。中学生みたいに、想像ばっかりしてる(笑)」
――『マジメに働かないと』という言葉がありましたけど、この作品の風通しのよさは、『100万枚売ろう!』『儲けよう』というポップ感とは性質が違うと思うんですよね。
「聴きやすくしたいとは思っているけどね。ただ、僕くらい長くやってると、レーベルも儲けようとはしてない。スタジオ代を回収できればいい、と思ってくれているのはラッキーだね」
――前作に続き、今回もHEADZからリリースすることになりましたが、これはすんなり決まったんですか?
「『東京の恋人』は成績がよかったわけではないけど、チビチビと注文をもらっていて。だから、わりと自然の流れかな。“しっかり売っていくから”って言ってくれてるし(笑)」

――レコーディングはいつから?
「レコーディングをしようかな、という話は、今年に入ったくらいからなんとなくあったんだよ。夏と秋で作って、今年中にリリースしようと。それで、春くらいから頻繁に打ち合わせをしていたんだけど、そのなかで一枚の『ポップ・レコード』を作ろうということになった。ただ、『東京の恋人2』にはしないでおこうとは話していたね」
――豊田さんのなかで、『東京の恋人2』とはどんなイメージ?
「『東京の恋人』は、すごく色んなミュージシャンが参加してくれて、セッションして楽しみながら作ったレコードだった。だから、スタジオマジックが大きかったかな。今回はそれとはまた違ったものをと考えていたし、ミュージシャンの使い方も前よりはソリッドにしようと。よほど巧い人じゃないと、僕のバックはできないから(笑)、人選にもこだわった。本当のプロが欲しかったんだよね」
――前回は個性的なミュージシャンを集めて、ぶつかり合いを楽しんでいたような部分もあると思います。今度は豊田さんの作りたい音を忠実に再現したと?
「そう言われると難しいところだけど、遊ぶ雰囲気はあまりなかったかもしれない。それと、曲数が多かったので、時間がわりとタイトだったから、その緊張感もあったかな」
――エンジニアも、長く一緒にやってきた内田直之さんから、早乙女正雄さんに代わりました。
「内田くんとはまったく逆で、本当に軽い人なんだよ(笑)。僕より十歳くらい上なんだけど、すごくノリが軽くて、とにかくテンポがいい。松山千春さんや後期のYMOにも携わっていて、何でもできる人だね」
――それでは、自分の色がしっかり出るアルバムになる、という予感があったのでは?
「いや、自分の色を意識して、そこまでコントロールしてしまうと面白くない。洋服だって、全部自分の好きなものでそろえてしまうと、色っぽくない。自分の趣味じゃないジャケットでも、好きな女の子からもらったものだったら着てみたいじゃないですか。今回は、それが早乙女さんだったと」
――『東京の恋人』もポップで歌ものに寄ったアルバムでしたが、今作はより耳馴染みがいいというか、軽く聴けるサウンドに仕上がっています。
「それはあったね。内田くんとやると、もっとグラマー感が出て、重い曲になる。曲数が多かったし、『ポップ・レコード』を目指す上では、あまり考えすぎない人にパーッとやってもらった方がよいかなと」

――『しあわせのイメージ』というタイトルは、どの段階で決まったんですか?
「レコーディング中だね。ベタなタイトルだけど、こういうレコードを作れることはそうそうないし、レコードを出すこと自体が自分にとっては事件だから、そういう『事件性』のあるものにもしたくて。レコードを作品とか、芸術とか、表現という風に考えたくないし、もうちょっと俗っぽいものであってほしいから。3年後に聴いて、恥ずかしいなと思えるくらいでいいのかなって。最近は、普通の話から人間の業が見える落語が好きで……まあ純文学とは反対だね。人間の業を肯定するのが自分の表現だと思っているから」
――昼下がりに女とホテルで逢っている「メール」の登場人物もそうですけど、男たちの生々しい、見方によってはブザマな姿が描かれていますね。
「そういうことをポップに表現するものって、少ないから。いまの時代は、男が求めるものが少ない。金があって街に出ても、使い道がないよね」
――豊田さん自身も、一人の聴き手として、グッと来るものが少ないと感じている?
「一応ミュージシャンだから、パーツとしては色々と聴くんだけど、『これはいいな!』というものは少ないね」
――なるほど。ただ、お子さんが大きくなったとき、「メール」のような曲を「お前が生まれた頃に作った曲だよ」と聴かされたら、どうなんだろうって。
「あんまり考えてなかったなぁ。まぁ、ええんちゃう?(笑)」
――一方で、「90年代」のような曲を聴くと、あの時代にあった青春は本当に終わったんだな、とも感じます。
「まだちゃんと決着がついていない人もいる気がするけどね(笑)。僕は100万枚売っていたスゴイ人たちとは違うから、あんまり変わっていないと思う。ただ、イメージとして東京という街は変わってきているとは思っていて。あの頃の街のざわめきはどうしようもなく恋しいし、無為に時間を潰したことも懐かしい。サブカル的なものも流行らなくなったしね」
――そういう変化は、なぜ起きたと思いますか?
「自分の机にパソコンが一台あれば、街に出る必要がなくなったからじゃないかな。本を買いに行く必要もないし、どんな情報も手に入る。ウェブの情報だけでお店に行った気になれるし、いまや風俗店もそう(笑)。ドキドキ感がなくなった」

――豊田さんと同じ1970年前後に生まれた人たちには、色んな表現者がいます。同世代の人たちに対しては、どんな想いがありますか?
「ひょっとしたら、90年代に活躍した人たちは、少しナーバスになっているのかもしれない。レコードを出しても思うように売れなくなっているし、メディアの押し上げも弱くなって。ただ、休めている人はラッキーだと思うし、こんなにチビチビやっているのは僕だけじゃないかな? 僕もカッコよく休んでみたいけど(笑)」
――実際には曲もできてしまうし、『休みたい』ということはないでしょう?
「やっぱり、ライヴが好きだしね。やればやるほど失敗するし、失敗するとまたやりたくなるので」
――このアルバムで印象的だったのは、これまでの豊田さんの作品と違って、“悩める青年”的な雰囲気がなかったことです。ルーリードが40代以降に作った作品を思わせる、大人の男っぽいアルバムというか。
「あぁ、青春期は終わったのかもしれない。『東京の恋人』を作り終えて、年末ライヴをして、翌月くらいに作ったのが『このみ先生』で。そこから大人ということをハッキリ意識するようになって、少し違ったところに入ったのかもしれない」
――「このみ先生」は最高。中学時代の国語教師のことを思い出して、一緒にホテルに行こうと呼びかける、すごい恋の歌で。
「恋というわけでないけどね(笑)。ただ周りを見ていると、少し年上の荻原さん(HEADZのディレクター)なんかを見てもわりと青春っぽいし、ネットカフェによく行っている人も多いなって。30代が終わったからといって、一概に青年期が終わったというわけじゃなくて、とくにHEADZはみんな青年スピリットを持ってるんだよね」
――それぞれに差がありますよね。この曲を聴く限り、今の豊田さんには青年スピリットがないのかもしれない。
「そうかもしれないね。そういうことを露骨に感じるアルバムもあまりないし、もうちょっと曖昧にした方がいいのかな」
――いまは「大人の男のミュージシャン」が少ないですよね。
「そうだね。昔はいっぱいいたと思うんだけど、いまは結婚しようが子どもがいようが、青年みたいな人が多い。とくにロックやポップスの世界では、50近くになってもジーパン履いていたりね(笑)。でも、実際に会ってみるとシワシワで」
――笑うと年齢が出る。そこに嘘はないのかもしれないけれど。
「僕は女の子にモテようと思って曲を作っていないから、そこが違うのかもな」
――なるほど。結婚発表後は女性ファンが激減し、最近はライブの客層も変わってきたのでは?
「今は男ばっかしやな(笑)。とくに、悶々としたような若い子が来てくれていて」
――「メール」みたいな曲も、意外と童貞青年に響くものがあるのかもしれないですね。実際にホテルで女性を待った経験がなくても・・・・・・。
「今もそういう若い連中を触発するものが自分の音楽にあるというのは、すごく嬉しいね。ハードボイルド的なものであればいい、と思ってるから」

2年ぶりの新作『しあわせのイメージ』は、丁寧に作りこまれたメロディ重視のポップアルバムである。サウンドの軸をなすのは、豊田のギターとDr.kyOnのピアノを中心とする穏やかな演奏であり、豊田の歌声にも一頃のような絶唱めいた部分はない。それでいて『しあわせのイメージ』は、他のどんなアルバムよりもドスが効いていて、凄味のある一枚に仕上がっている。
 なるほど、“歌”の完成度を追求した点では、前作『東京の恋人』と同じベクトルをもつアルバムといえる。しかし決定的に異なるのは、今回のアルバムには前作のような明朗さがないことだ。親交の深いミュージシャンと作り上げた『東京の恋人』が、過ぎ去った時代を惜しむフェアウェル・パーティ的な賑やかさをもつ作品だったとするならば、『しあわせのイメージ』にいるのは豊田ただひとり(ゲストのミュージシャンたちは、いわば“職人”としてアルバムに貢献している)。サウンドが軽快である分、冷徹な人間観察に基づいた容赦ないフレーズが、かえって孤独の色を帯びて浮かび上がる。
 豊田が今作で描くのは、人間のどうしようもなさや、運命の動かしがたさ。それは安易な救済とは無縁の世界であるが、甘美なメロディと立体的な音響に誘われ、リスナーは何度もその厳しさに向き合うことになるだろう。

神谷弘一(blueprint)
豊田道倫『しあわせのイメージ』
WEATHER 032 / HEADZ 106
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