3.

ーーこの作品は、なにかを喚起する強い力を持っていると思います。もちろん具体的に何であるかは定かではないですが。音楽というものは感情に訴えるものだ、ということを恩田さんはいつもどこか考えているような気がします。現在の電子音楽や即興音楽、あるいは、それに類する音楽が形式的に突き詰められ、ある意味、非常に観念的なものへ向かっていくというような動向もあると思いますが、ふたりにとって、たとえば表現の可能性のようなものを、いまどのようなものに見出していますか?

恩田:意図的に感情に訴える音楽をつくろうとしたことは一度もありません。自分のなかにある感情がつくりだす音楽に自然に乗り移るんだと思います。むしろ、思考のレベルでは、音楽をどうコンポーズしていくかを具体的に考えている。今の音楽シーンについては、あまり意識していません。そこにどういう可能性が潜んでいるのか、正直なところよくわかりません。ただ言えるのは、今、音楽を聴いても、十代の頃にフリージャズやミュージック・コンクレートやニューウェーブを聴いて受けた衝撃はもうないですね。
過去数年は、シネマージュというわたし自身が撮影した写真のスライド上映にギターの即興演奏を加えるプロジェクトに時間を割くことが多くかったんです。このプロジェクトの映像はある種のエクスパンデッド・シネマ(拡張された映画)とも言えるでしょう。一枚のスライドを10〜20秒間隔で見せます。フィルム映画だと毎秒24フレーム(コマ)で上映されるので、極端にスロー・ダウンした映画ですね。ベラ・ター(ハンガリーの映画監督)やペドロ・コスタ(ポルトガルの映画監督)の作品のように、わたしは映像を静止させて、対象を眺め続けるのが好きなようです。スライド編集の技法も映画と似ていますが、プロジェクターを一台しか使わず、一定の時間の間隔でスライドを送っていくだけなので、本当に基本的なテクニックのみを使います。決められた制約のなかで、連鎖するイメージからどれだけ強い映像効果を生み出せるかを試みています。
近年は音楽よりも映像に興味の対象が移行していたせいか、昔からの実験映画を浴びるほど観ていました。音楽からではなく、映像の持つ可能性からインスピレーションを受けることが多かった。わたしは十代の半ばにマヤ・デレン、ケネス・アンガー、ジョナス・メカスなどの映像作家の作品に出会い深く感化されたんですが、残念なことに当時の日本では、その他のマイナーな映像作家の作品を観る機会は皆無に等しかった。その先になにがあるのか、いつも気になっていました。過去十年間はニューヨークで過ごすことが多いので、そういう映画をふんだんに観ることができる。優れたプログラムを提供するインディペンデント映画館がたくさんあるので。欠けたパズルの断片を埋めていくような感じですね。


ーーリクトさんは、以前マイケル・スノウにインタヴューをされています。彼は実験映画作家であり、音楽家でもあるわけですが、たとえば、彼は「映画作家が作る音楽」、「音楽家が作る映画」のように、自身のプロフェッショナリティをはなれたところでなされる表現に興味があると言っています。彼の「構造映画」からの影響のようなものはありますか?

リクト:彼の「構造映画」の代表作《波長》(原題「Wavelength」1967年)を観てファンになりました。90年代の終りに雑誌の仕事で彼にインタヴューして、その後にカナダのフェスティバルで一緒に演奏する機会もありました。「映画作家が作る音楽」、「音楽家が作る映画」というような喩えは面白いですね。事実、マイケルはミュージシャン(ピアノ奏者)として活動を始め、その後にアーティスト、映像作家になりました。ですが、わたしはむしろ「アーティストが作る音楽」、特にそれが視覚的なアートの方法論を用いられた場合、に興味を持っています。それが、わたしが最近出版した本『Sound Art: Beyond Music, Between Categories』(2007年、Rizzoli)に書いたことです。
わたしは、初めてのギター・ソロのアルバム『Sink the Aging Process』(1994年、Siltbreeze)に収録した「Polarity」という曲で、あるコードをディレイ・ペダルを使って短くループさせ、ディレイ・タイムのつまみをゆっくりと動かしながら極端に引き延ばされたグリッサンドの音を作りました。思うに、これは《波長》に影響されていたのかも知れません。《波長》のサウンドトラックは、シンセサイザーのー音がゆっくりとした速度でグリッサンドし続けます。音は絶えず変化し続けますが、あまりにも微妙な変化なので、まるで静止しているかのように聴こえます。

ーー恩田さんの映像から受けたインスピレーションがどのように音楽に翻訳されているのか興味があります。

恩田:わたしがカセットでフィールド・レコーディングなどの具体音を演奏する時は、映像的に音のイメージをコラージュする編集の手法をよく使います。フィールド・レコーディングはあくまで“音”ですが、雨の音や人の話し声のように、聴くだけで録音された状況を認識できる記号が盛り込まれているので、楽音に比べると具体的な映像のイメージを喚起しやすい。それらのイメージとイメージを編集していって、サウンド・モンタージュをコンポーズすることは不可能ではない。ただ、具体音でも音程やリズムの要素は含んでいるので、それらを組み合わせるのに楽理的な制約は必ずつきまといますし、楽曲全体のストラクチャーに沿う必要もあります。映像と音楽はかなり異なった体系的な言語から成立しています。相互に翻訳することは部分的には可能ですが、部分的には不可能でしょう。
わたしにとって、マイケル・スノウの4時間以上に及ぶ大作《Rameau's Nephew by Diderot (Thanx to Dennis Young) by Wilma Schoen》(1974年)は、映像と音の関係性について多くの可能性を提示してくれる作品でした。彼の「構造映画」のシリーズとはひとつのストラクチャーからアイデアを展開していきますが、この《Rameau's Nephew....》は反対で、 映像と音のあらゆる関係性を百科事典のように提示していきます。マイケル自身が台所の流しをパーカッションのように演奏していたり、口笛で鳥の鳴き声を模倣したり、裸の男女がバケツに放尿していたり…、全部で24のセクションから成り立っていて、映像と音を同時に録画/録音、編集してあくまで対等に並立させている。これはミュージシャンとしてキャリアを始めたマイケルだからこそできたことでしょう。実際、映画館でこの映画のサウンドトラックをカセットに録音してみたんですが、再生してみて音だけでも十分に成立することに気づきました。とは言っても、《Rameau's Nephew....》はかなり特殊な例です。ここから何らかの答えを得られるわけではない。でも、この作品は映像と音の関係性について多くの問いを投げかけていることは確かです。
わたしとアランは、数年前からマイケルと一緒に演奏しています。近いうちに初めてのトリオ・アルバムがカナダのレーベル、Victoからリリースされます。カナダの二都市で録音したライブ音源をまとめたものです。マイケルは、CAT・シンセサイザーというモジュラー・シンセサイザーをメインに、短波ラジオやピアノも演奏しています。彼は80歳近いのですが、考え方も行動も柔軟なので、とても仕事がしやすいですね。トリオだと、アランとわたしのデュオに比べて、即興の度合いが高くなり、よりサウンド・コラージュ的です。音がそうなら、アルバムのタイトルは「Five A's, Two C's, One D, One E, Two H's, Three I's, One K, Three L's, One M, Three N's, Two O's, One S, One T, One W」、と3人の名前を切り刻んでコラージュしています。ついでに、ジャケットは3人の写真を切り刻んでコラージュしています。

ーージャケットのドローイングを描かれた小金沢健人さんとはどのように知り合われたのですか?彼の作品、あるいはアーティストとして、どこに興味を引かれましたか。

恩田:2003年にベルリンでソロ・コンサートがあった時、ステージの合間に彼が話しかけてきて、「明日、作品をギャラリーに見に来て欲しい」、と誘われたんです。かなり強引で、作品がつまらなかったらどうやって逃げよう、と思ったんですが、実際には素晴らしかった(笑)。それ以来、ベルリンや東京でよく会うようになりました。『Everydays』のジャケットをどうしようか考えていた時に、ベルリンの彼に自宅兼スタジオにしばらく泊めてもらうことがあって、毎日、彼の制作する姿を目の当たりにして、ぴったりじゃないか、と。彼は、日々の鍛錬のなかから作品を生み出していくんだけれど、色鉛筆と紙だけを使って、手探りで対象を捉えようと100メートルのダッシュを執拗に繰り返している。『Everydays』は、ツアー中に毎晩演奏していく過程から生まれたアルバムなので、肉体労働のようなイメージがあって、それが小金沢健人のドローイングと重なったんです。ジャケットの内側に使った宇宙のブラック・ホールのようなドローイングが送られてきた時は、ドキッとさせられました。ジャケットの表面に使った「労働する人」のドローイングがアルバムの趣旨を説明するステートメントとするなら、この宇宙のブラック・ホールはそれをも破壊して吸い込んでしまうかのような、巨大な問いかけに思えたんです。 答えも落ち着く場所もいらないと最初からわかっているので、日々、問いを発し続けるしかないんじゃないか。それが『Everydays』なのかも知れません。


Alan Licht & Aki Onda “Everydays”
アラン・リクト & 恩田晃 『エヴリデイズ』
vector 10 / HEADZ 114
¥ 2,415(tax incl.)¥ 2,300(without tax)
HEADZ / Family Vineyard
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